TOKYOちかてつWALKER・第5回



緑の中を千代田線

代々木公園〜乃木坂(渋谷区・港区)




千代田線路線図

 大抵の地下鉄は道路の下を通っている。そこが一番掘り返しやすいし、用地買収とも無縁なのだから当然である。しかしもちろん例外はある。丸ノ内線国会議事堂前駅は文字通り議事堂の敷地内にあるし、南北線は東京ドームの真下を縦貫する。

 なかでも特異なケースは千代田線の乃木坂駅西側で、トンネルの上はなんと墓地である。正確には「墓地内に通じている道路の真下」ではあるが、皆そんな場所を毎日通勤でくぐり抜けているのだから、腹が据わっていると言うか不道徳と言うか。

 かくいう僕自身小田急沿線の住民であるから、通勤では使わないものの、代々木上原からこの区間を通り抜け都心に出る機会は実に多い。興味本位で出かけるほうがよっぽど不道徳のような気もするが、ここは一つ、いかなる風景が線路上に広がるのか実見してみようと思う。


 2002年12月29日(日)10時08分、小田急線代々木八幡駅で下車する。今回のスタート地点、代々木公園駅はここから目と鼻の先である…のだが、八幡駅前の踏切で上下4本の電車を待ち、公園駅の入口前に着いたのは4分後の事であった。

 代々木公園・八幡駅は双方ともはっきり言って影が薄い存在だが、思いのほかしっかりした商店街が形成されている。年末の日曜であるが、どこも開店の準備に忙しく、活気と朝の清々しさが同居している。

 商店街は井の頭通りの太い流れにぶつかって終わり、ここを左折。右手にはおなじみNHKのビル、そして左手には代々木公園を見上げつつの上り坂が続く。

 南門より代々木公園に入る。木々は葉を落とし、新宿のビル街まですっきりと見渡せる。鳥が多い。カラスの鳴き声が目立つが、名前のわからない野鳥もいる。すぐ近くまで寄っても、スズメが飛び立たない。水辺に張った氷に、子供が大はしゃぎしている。のどかである。

 が、建物を見れば落書きがびっしりと書きなぐられているし、外周部をぐるりとブルーシートの列が取り巻いている。時間帯を間違えれば雰囲気は一変してしまうだろう。以前国立昭和記念公園を歩いた時は、こんな事はなかった。向こうが入園料を取るためなのか、それとも立川と渋谷という立地の違いによるものなのか。

 ちなみに千代田線の線路はといえば、まさにこの公園の真下を通っている。その証拠に公園の一隅には「千代田線耐震補強」と看板が掲げられた工事中の区画があるし、排気口からは営団車独特のタイフォンや轍の音が聞こえてくる。

 原宿門を出れば陸橋の向こう側に山手線原宿駅、すぐ左手には明治神宮の大鳥居が聳え立っている。ここまで来ればついでだから明治神宮に参拝する。完全におのぼりさんだが、代々木公園も神宮参拝も今日が初めてである。年末だが参拝客は案外多い。折角なら数日後に初詣で来ればいいのにと思うが、自分だって一緒である。
明治神宮
 神宮は代々木公園と対照的に常緑樹が多く、同じ緑地でもこちらは鬱蒼としている。中は初詣客対応準備に忙しく、あちこちで誘導の垂れ幕を吊るしたり、早くも「謹賀新年」の立て看板を掲げたりしている。TVでおなじみの、あの巨大な賽銭箱の設営工事も着々と進められている。それにしてもこの賽銭箱、本殿のはるか手前に作られているとは知らなかった。これでは初詣客は、通常の参拝客よりずいぶんと神様から遠い場所でお参りをしなくてはならない。

 神宮を出て山手線をまたぐ。途端に世界が変わる。子供とお年寄りと外国人ばかりだった神宮エリアと、若者の町原宿エリアの境が実にハッキリしている。11時07分明治神宮前駅着。

 ここから地下鉄の線路は表参道の直下に入る。神宮に比べれば賑わってはいるが、思ったよりは人出が少ない。年末だと言うのに、あるいは年末だからか実にのんびりとしている。ブランドショップその他をきょろきょろと見回しながら歩く様はどうみても田舎者だろうし、それ以前になんだか2人連れが多く1人身という時点で浮いているのだが、どうしようもない。勿論表参道を歩くのも初めてである。

 原宿から一直線に下ってきた道は、同潤会青山アパートの前で上りに転じる。思いのほか起伏が激しい。こういう事は区分地図を眺めても分からないし、地下鉄に乗っていてもなかなか気付かない。

 その青山アパートだが、なんと美しい建築物なのだろう。「静かに年をとっていく」というの言葉がまさにしっくりくる、落ち着いた佇まいを見せている。住居よりむしろ店舗として使われるように変遷してきたからであろう、傍らの公園の遊具にびっしりと蔦が絡まっているのも哀愁を誘う。老朽化は激しいし天井も低そうだから何かと大変そうなアパートだが、こういう場所に1年くらいの期限を切って住んでみるのも悪くないなあと思う。しかし、言うまでもなくそんなお金はない。なにより、近々の取り壊しが確定している。

 11時22分、青山通との交差点・表参道駅に到着。ここを過ぎれば表参道と称してきた道はにわかに細くなる。振り返れば、交差点に接して灯篭が建ち、街路樹と街灯にぶら下がった日の丸の列が明治神宮へと続いている。千代田線が開通する前は、銀座線の単独駅だったここが「神宮前」を名乗っていた。ずいぶんと社から遠いのに「前」か、と思っていたのだが、なるほど、この地点こそが明治神宮の玄関口なのであった。

 青山通交差点から先の道は、片側1車線の普通の道路であった。果たしてこの直下に複線の地下鉄トンネルが収まるのだろうか、といささか不安になるほどの幅しかない。周囲には小綺麗なマンションが建ち並んでいる。青山通から一歩奥まった裏町的な一角なのだろう。洗練された雰囲気に青山の「格」を感じる。またしても「住んでみたい」との思いに囚われる。今度は取り壊しは無さそうだが、無論資金などはありはしない。

 道は緩やかにクランク状のカーブを描いている。突然に前方が開けた。外苑西通をまたぐ陸橋の向こう、下り坂の先に乃木坂トンネルがぽっかりと口を開けている。右前方には周囲を威圧するかのような六本木の再開発ビル、その陰に隠れるように東京タワーも見えている。なかなかの展望台だ。そして、乃木坂トンネル手前の台地に広がる緑地こそが、青山墓地である。
青山墓地
 今歩いている道、そしてその下を走る千代田線は墓地の中央を真っ直ぐに通り抜けている。中に足を踏み入れる。木々の葉がごっそりと落ちた墓苑は、ひっそりとしていた。人影もほとんど見当たらず、閑散の極みである。しかし辺りには線香の香りが漂い、花が手向けられた墓標もある。そっと訪れる者があるのだろう。

 タクシーが何台も止まっている。木々に囲まれたこの界隈は、絶好の休憩場所であるのだろう。まさか人ならざる客を待っているのではあるまい。

 青山墓地を抜けると、すぐに乃木坂トンネルとなる。トンネルに入った後で立体交差があり道路を1本またぐ、という奇妙な作りをしているが、ともあれ自動車専用なので脇のスロープを上ってトンネルの真上に出る。トンネル上の丘は、閑静な住宅街であった。しかし「私道立入禁止」の類の排他的な看板がやたらに多く、興をそがれる。権利意識の張り合いのようになっている、なんだか陰湿な一角だ。

 丘を越えたところに、乃木坂駅の入口がある。11時55分着。地下へと降りる階段は、途中で乃木坂トンネルの東口と絡み合い、微妙なアップダウンをしつつ折れ曲がっている。なんだかぱっとしない駅だが、ともあれホームは乃木坂トンネルの真下にある。

 千代田線のラインカラーは緑。それはきっと代々木公園の、青山墓地の、そして皇居の緑を指し示しているのであろう。

 というのは大嘘で、おそらくは直通する常磐線のカラーに合わせただけなのだが。


(つづく)

2003.1.13
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