完乗へのファイナルラン 


−  2008.10.12朝現在  未乗線区数 1本  残存距離 8.9km  −

▼ 最終回 そして東京(2008.10.12)

 九州から帰った2週間後、JR八高線で東飯能にやって来た。

 最後の未乗線区に乗り入れる「完乗列車」は、西武池袋線飯能駅から出る。東飯能で乗り換えれば1駅だが、この駅を通る西武線の電車は30分に1本しかない。八高線より不便と言う事実は驚くばかりだが、とにかく歩く事にする。改札を出ると、駅ビルのデパートはひっそりとシャッターを閉ざしていた。かねがねこの駅には分不相応な規模だと思ってはいたが、のっけから景気の悪いものを見てしまった。

 駅ビルとは逆方向の出口を出ると、こちらは旧来の市街地らしく活気がある。距離感や西武線のダイヤから厚木のような町と勝手に想像していたが、もう少し小さいようだ。突き当たりに見えてきた飯能駅はビルになっているが、メインテナントは西武百貨店ではなくプリンスホテルである。すぐ手前に地場の百貨店があるから、争っても仕方が無いのだろう。

 2階コンコースにはひっきりなしに乗降客が行き交っている。都心方面にはこの駅を始発とする電車が日中でも10分ヘッドで運転されており、利便性は中々に高い。ただし、一部は23区内の石神井公園まで各駅停車の準急で、こいつに当たったら悲惨である。

 これから乗るのは13時09分発の快速だが、東京メトロの車両で運転されるはずである。前面展望の効かない7000系が来たら見送って、喫茶店にでも行く事にしよう。そう決め込んで構内を見渡すと、見えるのは黄色い電車ばかりである。まだ着いていないらしい。焦りを覚えつつ東京方向を睨んでいると、発車3分前にようやく10000系が姿を現した。なんともタイトなダイヤだ。急ぎ足で改札を抜けて、先頭の写真を撮るともう発車である。
完乗列車
 構内を抜けた電車はスピードを上げ、先程乗って来た八高線の下をくぐる。次の元加治を出ると川を渡り、右手に古びた鉄橋が見える。はて、こんな所に廃線があったのだろうか。近場と思っている西武線にも、まだまだ未知のスポットがあるようだ。

 車内はと言えば無残なまでに空いていて、先頭車には僕を含めて4名しか客が居ない。年齢不詳な男性が僕の隣に陣取って前を眺め、もう1名はその連れらしい。という事はマトモな客は後ろの方に座った女性だけである。この時間帯に10両ではさすがに過剰気味らしい。

 10000系は東京メトロご自慢の新型車で、ガラス張りの貫通路ドアやダブルルーフ風の天井に特徴があるが、基本的には昨今の首都圏の新型車と良く似たつくりをしている。ドア上の案内表示も、普段京浜東北線で眺めている画面との色違いに過ぎない。自動放送も同じ声のように聞こえるが、出発直後に「次は○○〜」と流すのは、乗り慣れた相鉄や小田急と少々異なる。メトロ車だけど西武線だから、到着時に出口方向だけ喋ると言うあの珍妙な案内は無く沈黙を守っている。

 稲荷山公園を出ると、両側に自衛隊入間基地の敷地が広がる。特に左手の景色は広大で、西武新宿線が向こう側を併走しているという知識はあるがとても識別できない。ようやく基地が尽きると景色は郊外住宅地の様相を深め、車庫を見下ろして小手指に着く。隣の男性は降りたが、まとまった乗客があって男の子が隣に立つ。武蔵藤沢辺りで乗った中学生の集団も熱心に前を眺めていて、随分好き者揃いの電車である。

 所沢でお客さんが入れ替わり、2つ先の清瀬で有楽町線直通のメトロ7000系に接続する。ここで地下鉄直通車は倍増し、もう2つ先のひばりが丘から我が快速は通過運転に入る。飯能からここまでが長いだろうと覚悟していたが、そうでもなかった。やはり基本的に、僕は都市鉄道が好きらしい。座席は綺麗に全部埋まり、ここまで小まめにお客さんを拾う設定が活きている。

 軽やかに加速した快速電車は、保谷を通過する。1つ、2つ、次々に踏切が現れる。左窓に目を凝らす。小さな踏切を通過し、線路に並行する路地と狭い駐車場と小奇麗な新興住宅地が現れ、そして車窓から消えた。

 この踏切こそが、僕の鉄道趣味の原点である。

 生家、と言って差し支えのないだろう祖父母の家は、西武池袋線の線路に程近かった。遠く近く一日中踏切の警報音が聞こえ、電車が通過すれば2階の部屋は少しだけ揺れた。家の窓からも電車は見えたが、近づきたくなるのは人の性で、帰省するたびに僕は線路際に張り付いていた。

 まだその頃−概ね昭和50年代の話であるが−には、駐車場も建売住宅も無く、あたりは一面畑だった。路地は砂利道で、線路際の柵には触るとべっとり汚れる茶色い油が塗りつけられ、有刺鉄線が張られていた。線路の向こうには「西武線高架化反対」という黄色い看板が立っていたが、今に至るまで電車は地上を走っている。踏切には「くぐるなあぶない」と書かれた青い看板が立てかけられ(まだあるかもしれない)、警報機はチン、チン、と独特の寂しげな音を出していた(これは何年か前に転調してしまった)。

 池袋線の主役はなんと言っても101系だったが、小学校に入る頃までは赤い電車(701・801系等)がかろうじて残っていた。次は赤いかな、次こそ赤いかな、とワクワクしながら電車を待ち、来たら来たでもう1本見られるかもしれないとさらに粘った。夕餉時になっても立ち去る気にならず、窓から従妹に大声で呼ばれた事も、伯母が迎えに来た事もある。

 大泉学園駅前の踏切(これももう無くなってしまった)が先に鳴り出した時は下り電車で、「小手指」や「飯能」など、どことも分からぬ行先の電車がカーブの向こうから次々と現れた。地下鉄直通電車など勿論無く、上りの行先は全て池袋だった。新101系10両編成だと、お尻の2両増結編成のモーター音が何だかオマケみたいな響き方をして可笑しかった。

 思い出す事は色々あり、それゆえにこそこの電車を「完乗列車」としたのだが、現実の快速はあっという間に現場を通り抜けて大泉学園を通過した。

 石神井公園を出ると線路は高架に上がり、複々線となる。もはや昔日の西武線の面影は無く、家並を見下ろして轟然と電車は走る。3000系8連の各停池袋行を追い越して、練馬に滑り込む。時間調整の間に各停が追いついて、飯能からやっとの思いでかき集めたお客さんがごっそり乗り換えていく。こちらはここから地下鉄で、運転席背後のブラインドが下ろされる。かぶりつき組のうち中学生は所沢で、男の子は練馬で降りてしまったが、ひばりが丘辺りで乗った女の子が残っていたので前を譲る。

 西武有楽町線に乗り入れ、2駅走ると小竹向原である。ここからが最後の1線、東京地下鉄副都心線である。種別が快速から急行に変更されるが、運転士が交代してもなかなかドアが閉まらない。余裕のあるダイヤを組んでいるのだろうが(それでもよく遅れるのは周知の通り)、折角の優等列車なのにまだるっこしい。

 ようやく発車すると、ガタガタとポイント通過音をトンネル内に響かせ、緩やかに加速すると2駅通過して池袋に着く。ここまでは「有楽町新線」を名乗っていた時代に乗った事があり、この先が未乗区間である。従って完乗駅は終点の渋谷で、前回書いた条件、

 ・完乗達成駅は未訪駅である事。
 ・終端駅とする事。他線との接続駅も不可。
 ・あとで廃止になったり、延長されたり、経営主体が変わったりしない事。

に見事なまでに当てはまらない(現在は渋谷終着だが、数年後には東横線と繋がって元町・中華街まで「延長」予定)。前回の湯前をラストにした方が情緒はあったかもしれない。しかし、僕の鉄道趣味は西武線が原点で都市鉄道が主戦場である。大泉学園を通って都会の真ん中で日本完乗、実に僕に相応しい結末ではないか。
渋谷駅
 池袋を出た急行は、右へ右へとカーブを切って明治通りの下に入る。雑司が谷をゆっくり通過すると、さらに速度を落とした。前方、西早稲田のホームに各駅停車が停まっていて、フルカラーの行先表示がほんのり灯っている。チン、チン、とATCの速度制限がせわしなく変化する音が響いてようやく加速、次の東新宿で先行電車を追い越す。和光市始発のスジのはずなのに、西武6000系である。今日の西武線は黄色い電車とばかりすれ違い、6000系はどこに行ったのかと首をかしげていたのだが、こんな所にいたのかと思う。

 新宿三丁目を出ると、次の停車駅は渋谷である。北参道、明治神宮前と通過電車で駆け抜けるのが勿体無くなってきた。

 やがて複線のシールドトンネルは、緩やかに左へカーブする。刹那、前方から眩い明かりが飛び込んできた。渋谷駅である。ポイントを渡って、4番ホームに入線。壁がゆっくりと流れていく。車内放送が到着を告げる。また1段、ブレーキがかかる。放送が終わった瞬間、ドアが開いた。

 14時19分、渋谷着。


*今回の乗車路線*

会社名
路線名
区間
距離
1
東京地下鉄
副都心線
池袋−渋谷
8.9km

−  2008.10.12夜現在  未乗線区数 0本  残存距離 0.0km  −

(おわり)


渋谷駅前
◇あとがき

 終わってしまいました。そりゃ、いつかは終わるものですが、こんなに早く終わるとは実は思っていませんでした。ライフワークと化すのかな、と腹をくくってさえいたのですが。それだけ足しげく、日本中を旅したという事なのでしょう。

 問題はこれからです。乗りつぶしと言う大きな目的が無くなり、これから僕の旅はどこへ向かうのか。ケーブルカー?全駅?海外?…それとも引きこもりますか(笑)。

 完乗後の最初の3連休、向かった先は10/19に開通した京阪中之島線でした。やはり長年のパターンは、早々には変えられないみたいです。新しいスタイルは、ゆっくり探してみる事にしましょう。

 とりあえず阪神なんば線、早く開通しませんかねえ。


2008.12.30
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