完乗へのファイナルラン 


 もう15年以上昔の事になる。当時の僕は、数ヶ月に一度の博物館めぐりを飽きる事無く続けていた。交通博物館、東武博物館、地下鉄博物館と、順繰りに訪れてはシミュレーターに夢中になる日々だった。

 そんな日の事、まだ高津にあった電車とバスの博物館で、あるファンと知り合った。確か八王子辺りに住んでいる少年だったと思う。ひとしきり鉄な話題で盛り上がった後、今日はどうやって帰るつもりかい、と彼は僕に尋ねた。

 「中央林間に出て、江ノ島線で相模大野へ」と僕は答えた。それがいつものルートだった。アレンジする余地は、鷺沼で快速に乗り継ぐかどうか程度である。

 「それはつまらない。」彼は断固として言い放った。「回り道した方が、面白いじゃないか。」

 彼に連れられて僕は、三軒茶屋−下高井戸−橋本と巡った。直帰するつもりでいたから、財布の中身は帰宅時に10円玉1枚だけとなっていた。

 乗った事の無い路線を回るのは、思いのほか面白かった。博物館への往路は必ず未乗路線を迂回するようになり、いつしかそちらがメインとなった。まだ見ぬ路線を目指す旅は、徐々にその範囲と頻度を高めていった。

 2007年11月に大阪から帰ってくると、未乗線区の残る都道府県は9つに絞られた。どうやらゴールは、見えてきたようである。

−  2008.1.12朝現在  未乗線区数 25本   残存距離 414.2km  −

▼ 第1回 東海地方(2008.1.12-13)

 2008年の年が明け、成人の日の3連休に早速僕は出かけた。新年一発目の目標は、とりあえず近場の東海地方である。

 新横浜7時53分発のひかり363号に乗り9時ちょうど豊橋着。よくぞ徐行しなかった、と思いたくなるような霧が立ち込めている。この後船に乗るから、これでは困る。観光案内所で運行の有無を尋ねると、「分からないのでJRの旅行センターで聞いて下さい」とつれない返事。JR東海ツアーズはまだ閉まっている。綺麗に整備されたバスターミナルに降りて、豊橋鉄道の案内所を訪ねると、わざわざ電話をかけてくれた。欠航はしていないとの由で、安心して市電に乗り込む。

 豊橋鉄道市内線は、10年ちょっと前に全線乗車済だが、その後駅前広場の整備に伴って、ちょっとだけ乗り場が移動している。旧来の電停から線路が延伸された形になっていたので、かねがね気にはなっていた。そもそも僕の場合、路面電車の乗りつぶしは参考記録程度であって、上記の25本にも含まれていないのだが、数百メートルにも満たないようなグレーゾーンを残しておくのも気持ちが悪い。

 名鉄から譲り受けた綺麗な市電は、発車するとすぐに左カーブを切って駅前大通に入る。この辺りに昔は駅前電停があったはずで、要するにこれだけである。次の駅前大通電停で降りても良いのだが、さすがに恥ずかしいので、国道1号線に出た市役所前まで乗って、すぐに折り返す。

 次の目的地は伊勢湾の対岸・三重県である。豊鉄渥美線の新豊橋駅で「豊橋・鳥羽割引きっぷ」2,000円也を購入する。田原までの電車と伊良湖からのファリーを足しただけでもその金額になるから、相当な割引率である。市電の中吊り広告で見つけたのだが、これだけでも市電に乗った甲斐はあった。1月からの販売で、切符に付された番号は「0003」。そんなに売れないのかとびっくりしたが、車内に同じ切符を手にした人がいたので、さすがに今日だけの発売枚数だろう。

 割引切符は今日開幕の「渥美半島菜の花まつり」に合わせたもので、イベントに合わせて「なのはな号」なるラッピング電車・バスも今日デビューするらしい。バス接続もあることだし、この車両が来るかと期待していたが普通の赤い電車が来た。なんと「なのはな号」、高師の車庫で朝寝を決め込んでいる。

 10時22分、三河田原着。ホームにはTVカメラまで待ち構えていたが、やって来たバスも普通の塗装である。どうやら次のバス便(と、それに接続する電車)が「なのはな号」であるらしい。鄙びた風景の中にちらほらと花畑が見えるが、1月で雨模様とくればさすがに寒々しい。それでも伊良湖岬ターミナルでは、スタッフが観光客に花束を配っていた。

 伊勢湾フェリーは客室こそ予想外に小さいものの、椅子席に桟敷席、優先席に授乳室とやたらとバリエーションが多い。「今日は揺れますよ」と係員が断っているのに、特別室への階段をお客さんが続々と登っていく。そんなにゴージャスなのだろうか。

 11時15分定刻に出航、生憎の霧で眺めはよくない。どんよりした水面に漁船が揺られているのが見える程度だ。ちょっと日が差してきて、間近に島々を眺めるようになるともう三重県で、12時35分鳥羽港着。和洋中華これでもかと何でも揃えた、ターミナルビルのレストランで伊勢ウドンをすする。

鳥羽水族館  今回はスケジュールにそこそこ余裕があり、観光が出来る。最初は英虞湾で船に乗るつもりだったが、上手く組めなかったので鳥羽水族館に立ち寄る。寄るも何も、フェリーターミナルのすぐ脇である。ピラルクのデカさや、セイウチショーのお兄さんの滑舌におおいに感心。堪能し尽くして、国道の向かいの近鉄中之郷駅に向かう。既に冬の陽は傾き始めているが、ここからが本番である。

 中之郷は近鉄志摩線の、鳥羽の次の駅である。東京近郊にいくらでもありそうな平凡な橋上駅舎だが、15時35分発普通賢島行は2両ワンマンであった。志摩線と鳥羽線は2004年に片付けるつもりだったのだが、天理で乗り遅れたせいで乗り残し、近鉄最後の未乗区間となってしまった。

 海沿いの路線かと期待していたのだが、電車は中之郷を出ると山間に入り、特急の停まらない小駅が同じ姿をして一定間隔で現れるという単調なパターンを展開している。どうしようもなく眠くなってきた頃に志摩磯部着。志摩スペイン村の最寄り駅として南欧調に綺麗に整備されているが、バス路線が再編されたらしく、今では最寄り駅は3つ先の鵜方と言う事になっている。その鵜方でお客さんがどっと乗ったが、どうも身内(特急の清掃員)が大半のようだ。

 終着の賢島はその名の通り島にあるのだが、どこで海を渡ったか判然としないまま駅が見えてきた。特急の長い長いホームを横目に、こちらは一番端の小さなホームに滑り込んで16時11分着。コンコースは広く、バリアフリーで立派なバス・タクシー乗り場へ繋がっている。ただし広場に面した人家は見当たらず、裏手の目立たぬ階段を下りると土産物屋を主体とした集落に出る。突き当たりはすぐに海で、観光船の乗り場がある。

 いかにも観光立地の賢島駅界隈だが、無残な程に人がいない。船の運行時刻を過ぎたとは言え、店舗内はおろか駅前通りにも誰もいないのはちょっとした驚異だ。オフシーズンとは言え、3連休の初日である。

 折り返しは16時30分発の特急名古屋行に乗る。特急は大阪・京都・名古屋それぞれへ1時間毎運転、8両の長大編成と風格充分だが、勿論ガラガラである。かつて賢島発の特急は鳥羽以北の停車駅を相当絞っていたはずだが、それでは商売にならないらしく、名古屋までこまごまと停まるようになっている。

 寒々しい特急で先刻と同じ景色を眺めていると、どうしようもなく眠くなってきた。中之郷を通過して鳥羽に停車。電車はそのまま山田線に乗り入れる。宇治山田までが未乗区間で、なんとしても起きてなければならないのだが、睡魔と闘うことに精一杯で、車窓はロクに覚えてない。ようやく宇治山田に着くと、即座に寝落ち。終端駅でもない中途半端なポイントだが、ともあれこれで近鉄完乗。

 このまま名古屋まで爆睡したい位だったが桑名で降り、急行・普通と乗り継いで18時45分、八田で下車。今日最後の一押し、名古屋市営地下鉄の乗りつぶしである。さすがに退屈さを禁じえない地下鉄だが、日が暮れてからの乗車でも全然気にならないのは、利点と言えば利点である。

 八田と名古屋の間には、JR・近鉄・地下鉄の3線が通じている。JRなら名古屋は隣駅だが、地下鉄東山線だと実に6つ目で、差は大きい。逆方向にもう1駅、単独駅の高畑まで延びている事情も、路線図だけ眺めているとどうも良く分からない。ともあれ高畑まで行ってみると、地上の賑わいは八田を超えていた。区役所も近いらしく、この辺りが中川区の中心街なのだろう(中川区自体の影が薄いのはとりあえず置いておくとして)。

 地図を見れば、あおなみ線の荒子駅がごく近い。歩いてみたくなったが、それでは東山線を完乗できないから後ろ髪を引かれる思いで折り返す。車内はガラガラで、各駅の古びたホームにも人影は殆ど無い。ところが、名古屋駅に差し掛かるとホームはぎっしり人で埋まっていて、車内はあっという間に満員になった。市営地下鉄稼ぎ頭である東山線の、イメージ通りの賑わいだが、あまりに変化が急激だったので驚いた。ここからは乗車済である。

 名古屋に来ると大抵、味噌カツが食べたくなる。今日も名城線の矢場町で降りて、毎度の事ながら手前の山頭火が気になりつつもやっぱり矢場とんで舌鼓を打つ。

 矢場町に戻って名古屋港行の電車に乗り、金山を過ぎると未乗の名港線に入る。名古屋港駅真上には立派なバスターミナルがあり、あおなみ線稲永駅方面への路線がある。あおなみ線を挟んで、案外高畑に近い所までぐるっと戻ってきたようだ。何となく地理感が掴めてきた。もっとも、バスの本数は極端に少なく、ターミナル内は見事に無人である。車は通るが歩行者がいない不気味な大通りを隣の築地口駅まで歩いてみたが、やはり適当なバスは見当たらず、大人しく名古屋駅に戻って投宿。

***

 翌1月13日(日)は国際センター駅まで歩いて地下鉄桜通線に乗り、久屋大通で名城線に乗り換える。市街地をタテに結ぶ地味な線という印象があったこの路線、いつの間にか環状線に化けてしまった。乗るたびに思うが、左回り(内回り)の英語表記"counterclockwise"は相当ふるっている。

 旧来の東半分と新規開通の西半分では駅の雰囲気がまるで違う線だが、今日乗るのは右回りで大曽根までなので"旧線"区間だ。昭和の地下鉄の雰囲気を未だ良く残している感がある。市役所前からが未乗区間で、上飯田線と接続する平安通に着くと名古屋市交通局完乗。

 大曽根からは9時30分発の中央線快速で多治見へ出て、後続の「セントラルライナー」1号に乗り継ぐ。新快速に毛が生えたような設備で特別料金を取る困ったライナー(まあ東武東上線よりは…)だが、列車本数の減る多治見からは料金不要で乗れる。タダならば充分に良く出来た電車で、感心しているうちに10時23分恵那着。
明知鉄道
 名古屋への乗客が列を作るJRホームを尻目に、隅っこにちょこんと停まった明知鉄道のレールバスに乗り換える。6分接続なのにボックスシートを占領できたのだから、良く乗っているとは言えない。市街地を見下ろしながら上り坂を行くと飯沼という辺りに何も無い小駅に着く。そうとは感じないが、普通鉄道としては日本一急勾配に設置された駅らしい。

 ここから岩村辺りまでの車窓は実に素晴らしかった。これといった絶景は現れないのだが、田畑と古い民家と森が平々凡々と交じり合う中を、ディーゼルカーは淡々と走ってゆく。コンビニやパチンコ屋の派手な看板など、どこにも見当たらない。時折現れる駅にも、静かに年輪を刻んできた風格が漂っている。清く正しい、日本の田舎の姿である。

 11時16分明智着。明智の町は「日本大正村」と称して町おこしを図っているらしく、パンフを片手にてくてくと歩き回る。旧役場の建物には明治村・大正村・昭和村の3村合同のポスターが貼ってある。明治村とそれ以外の知名度に差があるのは気のせいだろうか。と言うか、昭和村ってどこだろう。

 黒ずんだ木造家屋が連なる明智の街並みが、大正浪漫かと問われればそれは良く分からない。が、ノスタルジックな雰囲気に浸れる、ちょっと穴場な観光地であることは確かだろう。裏町のインベーダーゲーム卓がある喫茶店で昼食。近所の中学生(高校生?)と思われる、バイトが初々しくて宜しい。

 明知鉄道のルートはぐるっと大回りをしているので、帰路は路線バスで瑞浪駅まで直行する。ライナー券を買って「セントラルライナー」10号に乗ると、ガラガラなのに隣席に客がいる。無理矢理座席指定にして、プチ特急っぽく見せることはなかったんじゃないかと思う。無料区間終端の多治見で半分以上の客が入れ替わり、高蔵寺を出ると千種までノンストップと一応"らしい"走りを披露する。むしろ、快速の停車駅が多すぎるのである。14時19分名古屋着。

 今日最後の未乗路線は名古屋臨海高速鉄道西名古屋港線、通称あおなみ線。乗り場はいちばん東京寄りの太閤通南口にひっそりと作られていて、新宿駅の臨時特急ホーム並みの不便さである。車両は平板な印象のステンレス車。数年前に名古屋駅を見下ろすホテルに止まったことがあるが、オレンジ帯の電車が右へ左へ走りぬける名古屋駅構内で、この走ルンです車は相当浮いている。

 ほどほどのお客さんを乗せたワンマン電車は、名古屋駅の構内をゆっくり外れると、JR関西本線をまたいでささしまライブに停車する。左手はだだっ広い空地、右手はJRと近鉄の車庫が広がるばかりで、生活感がまるで無い。

 ささしまライブを過ぎても、JR・近鉄との並走は続く。広大な敷地に車庫や工場が広がっていて、機関車やらアーバンライナーやらが停まっている。こんなにテツな車窓が展開するとは思ってもみなかった。しかし乗換えの便を図る気は全く無いらしく、高架に上がって近鉄烏森駅脇を通過すると、昨日降りた八田駅を目前にしてプイと方向を変えて、単独駅の小本に停車する。

金城ふ頭にて  ここから左手には、貨物線が並走する。というより元来この線、貨物専用だったわけだが、既に周囲は住宅でびっしりと埋め尽くされている。高架線からは三河方面らしい山々がくっきりと見渡せるが、風が強く、ドアが開くたびに中吊り広告がばっさばっさと揺れる。

  貨物線は中島駅脇のコンテナターミナルが終点で、この先は純粋な通勤新線となる。関西本線から離れて海に向かい始めてから随分経つが、まだ周囲は住宅ばかりで、港湾地区の匂いは薄い。名古屋って広いんだと感心するほか無い。稲永を過ぎるとようやく倉庫が見え、野跡を出て最後の一駅は完全に工業地帯となった。前方に、伊勢湾岸道路の巨大な橋梁が迫ってくる。手前は輸送船への積み込みを待つ自動車が並べられ、対岸には古びたコンビナートが見える。「華麗なる一族」のテーマが脳裏をよぎる。

 14時54分金城ふ頭着。近隣にはポートメッセなる大型施設があるらしいが、今日は催事が無いらしく辺りは深閑としている。人のいない街路の突き当たりに、ビルの如く自動車輸送船が聳え立っている。非日常的な光景に目を奪われている間に、折り返し電車の発車ベルが鳴った。


*今回の乗車路線*

会社名
路線名
区間
距離
1
近畿日本鉄道

志摩線
全線
24.5km
2
鳥羽線
全線
13.2km
3
名古屋市交通局


東山線
高畑−名古屋
6.6km
4
名港線
全線
6.0km
5
名城線
市役所−(右回り)−平安通
3.9km
6
明知鉄道
明知線
全線
25.1km
7
名古屋臨海高速鉄道
西名古屋港線
全線
15.2km

−  2008.1.13夜現在  未乗線区数 18本   残存距離 319.7km  −

(つづく)

2008.3.23
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