今度の旅はレアバスで・第9回



ある日曜日の彷徨

神奈川中央交通 長10 湘南台駅西口→長後駅西口(土棚大下経由)





 5月19日(2002年)日曜日、晴れ。梅雨時を思わせるような、断続的に降り続いた雨がようやく上がった。こういう日はどこかに出かけたくなるものである。久しぶりにレアバス紀行でもやってみようかと思う。

 向かった先は京浜急行の上大岡駅(横浜市港南区)である。このシリーズ、小田急沿線に限定するはずだったがそろそろネタ切れだから今日は遠出をする。目指すは神奈中バスの上68系統洋光台駅(JR根岸線・磯子区)行、休日に1往復だけ運転されるレアバスである。

 上大岡駅のバスターミナルは駅ビルの1階にあり、なかなかよく整備されている。しかし、再開発型のバスターミナルが大抵そうであるように、駅からは結構遠い。発車時刻の11時42分ぎりぎりに着いてしまい、その遠さがひときわ苛立たしく感じられる。が、どうやら間に合ったようだ。奥の乗り場におなじみ神奈中バスが止まっているのが見える。行先を見上げる。

 「港南台駅」

 ちょっと待て。

 僕が乗ろうとしていたのは、隣駅の洋光台行だったはずだ。港南台への神奈中バスは頻繁に運転されており、レアバスではない。いやな予感がよぎる。ともあれ時刻表を確認する。

 11時10分 洋光台駅行  11時42分 港南台駅行

 うわぁ、また時刻違ってるよ…(今回はダイヤ変更ではなく、1本分見間違えたようだ)。

 と、いう訳で、久々のバス紀行、ここに終了…はしないのであって、今回は予備のレアバスをもう1本準備してある。奇妙に用意周到である。目指すのは江ノ電バスの藤沢駅北口発、鵠沼車庫行で、運転本数は休日に1本のみである。第3回で乗り損ねた路線で、その時にダイヤ変更後の時刻をきちんとメモしてあったのが1年ぶりに役立つ。

 上大岡から藤沢に行くには、横浜市営地下鉄で戸塚に出て東海道線に乗ればいい。さしたる距離ではないし、12時20分発だから間に合うだろう。そう思っていたのだが、鈍足の地下鉄では戸塚は思いのほか遠かった。加えて接続は悪く、藤沢に着いたのは12時23分。駅前に急ぎ出てみても、鵠沼車庫行はもちろん発車した後であった。

 さすがにがっくりしたが、しかしまだ希望はある。小田急江ノ島線の湘南台駅と長後駅を結ぶレアバス(毎日運行・3往復)があったはずだ。湘南台と長後はどちらも藤沢市内、ここからすぐである。発車時刻はメモしてこなかったが、確か12時20分に出発して、50分に折り返す便がある。50分発ならまだ間に合う。

 だが、一つ大きな問題がある。12時50分という発車時刻が、湘南台と長後どちらのものか思い出せないのである。両駅に立ち寄っている時間はない。いくら記憶を辿っても、湘南台と長後どちらに向かうべきか答えは浮かんでこない。ここはもう運に賭けるしかない。祈るような気持ちで12時45分、湘南台で下車する。

 発車時刻の12時50分まで5分しかないが、西口の乗り場はすぐ見つかった。バスは止まっていない。時刻表をのぞきこむ。

 神奈中バス 長41 長後駅西口行(こぶし荘経由) 発車時刻
 
  9時00分  12時40分  16時05分

 賭けも何もなかった。12時50分発のレアバスなど、初めからなかったのだ。勘違い。次のバスを3時間待つ気にはとてもなれない。もはや惨めに帰宅するほか道は無いように思われた。が、捨てる神あれば拾う神あり。その時刻表には、もう1本のレアバスが記載されていたのである。発車時刻は1時間後の13時55分。駅前の有隣堂で暇をつぶせば、すぐにやってくる時刻である。


 湘南台と長後。藤沢市北部に隣り合うこの2駅は、実に対照的である。駅としての歴史が古いのは長後で、1929年の小田急江ノ島線開通と同時に設置されている。長らく大和−藤沢間唯一の急行停車駅で、戸塚や厚木へバスが頻繁に運転される交通の要所であった。これに対し湘南台の開設は1966年。慶應大学湘南藤沢キャンパスの最寄駅として一定の利用客数はあるものの、一般にはほとんどその名を知られていない小さな町であった。

 しかし2000年、相鉄いずみ野線と横浜市営地下鉄の相次ぐ湘南台延伸が2駅の関係を大きく変える。3路線が集まるターミナルとなった湘南台は面目を一新し、長後の商店街は全国津々浦々の中心市街地と同様に衰退の道をたどった(一説には、市営地下鉄は当初長後へ乗り入れる予定だったのが、地元商店街の反対で湘南台へ変更されたらしい)。地下鉄開通の4ヵ月後、小田急の急行は湘南台に追加停車、次のダイヤ改正で湘南台停車・長後通過の湘南急行が新設された。

 再開発を終えた湘南台駅西口のバスターミナルは、なかなかに大きい。数えてみると6番線まであり、ターミナルとしての体裁を整えている。しかし仏作ってなんとやら、昼下がりの駅前広場には人影もバスもまばらだ。真新しいパチンコ屋の大音響がかえってわびしい。

 4番線からは長後駅西口行が2系統出ている。一方が1時間前に乗り損ねたこぶし荘経由の長41、もう一方がこれから乗る土棚大下経由の長10、 つまりどっちもレアバスである。ほかには綾瀬市方面へのバスが1時間に2本程度あるのみ。案内表示には、廃止されて上から紙を貼った系統が2本もある。どうもぱっとしない。

 バスは「長10 長後駅西口」の表示を掲げて入ってきた。2系統の長後行のうち所要時間が短いのはこぶし荘経由の方だから、本来は「土棚大下経由」と添え書きしなくてはならないはずだが。1日1本(毎日運行)のバスにそんな細かいツッコミをしても仕方が無いのだろうか。

 ちなみにこのバス、有隣堂で調べたところ、湘南台発は1本のみだが逆方向の長後発は4本運転されている。1日3往復以内、という自分で勝手に決めたレアバスの定義からは微妙に外れているが、さすがに今回は容赦していただきたい。

 13時55分、定刻通りにバスは発車した。客は僕のほかに、買い物袋を抱えた30代くらいの男性が1人いるだけである。駅前から伸びる道はいかにも新開地らしく緑豊かで、丘を下りながら緩やかに右へとカーブしていく。気持ちのいいダウンヒルである。

 整備された区画はすぐに終わり、やがて小住宅と畑が混じった道へと変わる。緩やかな丘の起伏が、思いのほか遠くまで見渡せる。ああ、旅に出たんだなぁ、という感慨がようやく、本当にようやくこみ上げる。 ここまで長かった今日は…(苦笑)。

 行くほどに人家はまばらになり、右側には果樹園が広がる。「第三出荷場」というローカルな名前の停留所もある。対照的に道の左側にはいすゞの大工場が接し、有刺鉄線の張られた金網が伸びている。バスは頻繁にクラクションを鳴らしながら、小刻みなカーブを繰り返す。

 湘南台から7・8分も走ると、カーブの先に見覚えのある交差点が現れた。海老名から藤沢市北西端の用田そして長後を経由して、戸塚方面へ抜ける街道である。早くも長後の駅勢圏に入ったようだ。次の坂下バス停で買い物帰りの男性客が下車する。おそらく普段は電車で長後に出て、そこからバスに乗って帰宅するのだろう。たまたま時刻が合ったのかそれとも狙ったのか、1日1本のバスをなかなか器用に使いこなしている。

 かくして客は僕1人となったが、1つ先の住宅前バス停で男性客が乗る。彼は意図してこのバスに乗ったのではないだろう。この街道には長後駅西口発着のバスが10〜20分程度の間隔で運転されている。

 「フルーツパーク長後」と看板を掲げた果樹園の前を通り過ぎたあたりから、あれよあれよと家が建てこみ始める。湘南台とは違って、駅に至る道は狭く、しかも前方では子供達が神輿を担いで車の流れを滞らせている。しかし長後駅西口に到着して時計を見れば14時08分、湘南台を出てから13分しか経っていない。乗るまでが大変だった割には、肝心のバス紀行はあっさりと終了してしまった。

 長後の町は祭りの真っ只中であった。西口からはお囃子が、そして東口からは大きな神輿を担ぐ掛け声が威勢良く響いてくる。それはまるで、「長後はすたれた」という僕の先入観を覆そうとするかのごとく、いつまでもいつまでも途切れる事は無かった。


(つづく)


2002.5.26
on line 2002.9.15
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