今度の旅はレアバスで・第6回


海老名はいつも思い出の街

相模鉄道 綾44 海老名駅→本郷工業団地





海老名駅にて 海老名について書こうとすると、すぐ感傷的になってしまう。幼少の頃8年間過ごしたこの街には、数え切れない思い出と思い入れがつまっている。僕にとって生涯忘れる事の出来ない大切な街である。

 その海老名の駅前が大きく変わろうとしている。

 だだっ広い駅前ロータリーの中央に囲いがされ、工作機械が林立し、中央公園には巨大な鉄骨組みが姿を現そうとしている。丸井を核とする中心部開発(今まで何もなかったので「再」開発とは言えない)がついに始まったのである。あのあっけらかんとした駅前の風景が様変わりするのは少し悲しいが、それよりも伸びゆくこの街の未来への期待感の方が大きい。

 2001年10月27日(土)、本日のレアバスは相鉄バスの本郷工業団地行、月〜土2往復運行というなかなかのレアっぷりである。発車は11時50分だが、乗り場には小園経由綾瀬市役所行が数人の客を乗せて止まっている。市役所行は45分発(30分ヘッド)、途中まで同じ経路のバスと5分続行では工業団地行の乗客数はたかが知れている。

 市役所行が出ると、工事現場を避けるように広場の端に止まっていたバスが入ってきた。案の定乗客は僕だけである。「本郷工業団地行です」と丁寧な肉声の放送があって、定刻どおり11時50分に発車。レアバス紀行で始発から他に乗客がいないのは2度目(第2回の神奈中・柿26以来)である。あの時は次のバス停で乗客があったが、今回は次の中央1丁目でドアを開いても誰も乗り込まない。

 バスは厚木街道を東へ進む。反対車線は20年前から変わらない、デパートの駐車場を先頭にした大渋滞である。最もそのデパートはニチイからSATYに変わり、先日破産したが。

 ダイクマの先の交差点を直進すれば大和、左前方の旧道に入れば国分寺台団地、右折すればその国分寺台から大谷の台地の西裾をたどって海老名市最南端の本郷へ至る。当然右折と思いきや、バスは国分への坂道を登り始め、国分寺台入口の交差点はそのまま通過してもとの厚木街道に戻り、綾瀬市境の看板を見つつようやく右折して南へと向きを変えた。どうやら国分寺台の東裾・綾瀬市内を経由するようである。住宅に埋め尽くされた丘の向こうに、海老名市街の高層ホテルが半分だけ顔を出している。

 バスは昔ながらの旧道を小刻みにカーブしながら走る。小園団地への立派な取り付け道路を見送れば、ここからはこの綾44ともう1系統、あわせても5往復しか運転していない区間へと入っていく。丸い鉄板が取り付けられた、昔ながらのバス停ポールが次々と現れる。やがて目久尻川に沿った田舎道となり、周囲には畑が広がる。神奈川県東部でも、交通の便に恵まれない綾瀬にはこんな場所が残っているのだ。かく言う僕もこのあたりに来たのは初めてで、景色が新鮮に映る。

 突然に見覚えのある交差点に出る。国分寺台団地が尽きた先にある交差点に違いない。住宅街を遠巻きに眺めながら、丘の南端まで回りこんできたことになる。ちなみに、この丘の尾根には海老名駅と国分寺台第12を結ぶ相鉄バスが頻繁に走っている。海老名駅、中央1丁目を過ぎるとあとは国分、国分寺台第1、第2…と第12まで続く素晴らしい語彙を誇る路線である。

 ここからいよいよ1日2往復の区間である。もちろん乗客は依然として僕1人である。旧家と田園と目久尻川を交互に望みつつバスはくねくねと曲がり、「お立ちの方はつり革に…」と親切なテープが流れる。繰り返すが乗客は僕1人である

 やがて前方に新幹線の高架橋が現れ、藤沢市境の看板も目に入った。往来の多い県道にぶつかる。この道には海老名駅と長後駅(藤沢市)を結ぶ神奈中バスが30分毎に運転されているが、我が相鉄バスは関係ないとばかりに県道を斜めにを横切り、藤沢市ではなく海老名市に舞い戻る。

 丘を登ると新宿(しんしゅく)の集落で、木造の米屋や旧道沿いの大木がイイ雰囲気を醸し出している。ジブリの映画「おもいでぽろぽろ」の回想シーンに出てきそうな、昭和中庸の香りがする。

本郷工業団地にて にわかに視界が開け、前方に富士ゼロックスの工場が見えた。バスは手前で左折して本郷工業団地へ入り、終点かと思いきや「関係者以外立入り禁止」の札が掲げられた工場の中に突っ込んだ。両側の建物には企業の看板がずらりと並んでおり、中小企業が合同で入居した工場らしい。新幹線線路に突き当たると右折、どうやら工場内を転回場代わりに使ったようだ。新幹線がごうと、このバスとはまるで異次元の乗り物であるが如く駆け抜けていった。あまりの速さに300系か700系かも判別が出来なかった。どこから現れたのか爺さんが1人、孫を背負ってそれを眺めていた。

 12時15分、終点本郷工業団地。結局、徹頭徹尾乗客は僕1人であった。バスの写真を撮っていいですかと運転手に問うと、他に彼は陽気にバスの前で腕組みをして見せた。

 振り返ると線路の向こうに、清掃工場の煙突が聳え立っている。昔々あの清掃工場を小学校の児童が見学に訪れ、係が「何でも質問をどうぞ」と呼びかけたところ、1人が「隣を走っている新幹線のせいで、何か公害とか出てますか?」とトンチンカンな質問をした事があった。係の人は予想外の質問に言葉を一瞬詰まらせたあと、しかし丁寧に「この駐車場の地面、歪んでいるでしょう。新幹線の影響で地盤沈下しているんですよ」と答えてくれた。そんな出来事も、もう思い出の彼方である。


(つづく)


2001.11.6
on line 2002.9.8
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