今度の旅はレアバスで・第4回


次のバス停、どこやねん

小田急バス 宿44 よみうりランド→新宿駅西口





 市が尾から久々にレアバスに乗って、僕はすっかり堪能した。これで夏ごろまではバス時刻に悶々としないですむ、はずであった。ところが世の中奇妙に出来ていて、市が尾発のバス時刻を調べていた際、僕はもう1つのレアバス系統を発見してしまったのである。運行は季節限定、6月15日までの日祝、つまり再来週の日曜が最終運転日である。どうしても見過ごすわけには行かなかった。

 そういう事情で、市が尾に行った翌週、つまり6月3日(日)に僕はまた出かけた。行先は川崎市多摩区、よみうりランド遊園地である。

 小田急線読売ランド前駅を出たバスは、右に左にカーブを切りながら緑濃い丘を登っていった。突然視界が開けるとそこがよみうりランドのゲートで、丘の頂上をつぶして立派なバスターミナルができている。バス便は読売ランド前駅と京王よみうりランド駅(東京都稲城市)へ15分毎、小田急線新百合ヶ丘駅(川崎市麻生区)へ30分毎に運転されている。目的のバス路線は京王駅行と同じ乗り場から出ていて、しっかり系統図も掲げてある。春秋の日祝日のみ、11時30分と16時45分の2本が運行される。行先は、なんと新宿駅西口。かなり遠い。

 かつて東京近郊には中距離の急行バスが何本も走っていたと言う。しかしいまやバスは近距離と長距離高速路線へと2極化し、前者はせいぜい乗って30分、というのが限界である。小田急バスのこの系統も、いったんは廃止されたものであるが、昨年秋突然に復活したそうだ。積極的な宣伝をしていないので、知る人ぞ知る、といった趣の路線らしいがさて実態はどんなものか。

 まだ11時前で時間が余っている。1人で来たのに1000円払って遊園地に入るのも馬鹿馬鹿しいので、ジャイアンツ球場まで歩く(アンチ巨人という名の巨人ファン)。室内練習場の入口に、広報らしき人が張っている。敷地に接するフェンス沿いに女の子がちらほらしており、有名選手でも来ているのかもしれない。駐車場の車はさすがに高級そうなのが多い。大抵は品川ナンバーだが、なかに川崎ナンバーもあり、万年2軍なんだなと推測する。

 発車5分前のバス停には、中学生くらいの女の子2人組と20代の女性、それにおばあさんの計4人がたむろしていた。中学生は誰それが来ないとやきもきしているから、ただの待ち合わせであろう。もう1人の女性も人待ち顔のように思える。そうするとまたも老人しか乗らないバスなのか。まぁ、午前中に遊園地を出て東京へ行く酔狂な客なんて、いるわけがないのだ。バスのダイヤがそもそもおかしい。

 広場の隅っこに止まっていたバスがやって来た。チョロQを彷彿とさせる、丈の短いバスである。系統番号は表示されておらず、まだ暫定的な運行のつもりなのかもしれない(注・宿44は新宿駅西口−武蔵境駅系統と同じ番号です。しかし、ランドの乗り場には確かにこの番号が明記されていました)。運賃は都内にあわせて210円均一、中ドア後ろの席に陣取ると、驚いた事に件の若い女性が乗ってきた。しかも運転手との会話から察するに、新宿まで乗るらしい。マニアとはとても思えない風貌だが、なんとも物好きな事である。

 11時30分、定刻どおり発車。おばあさんはベンチに座ったまま動かなかった。ターミナルを出ると途端に九十九折の急坂を下っていく。下りきると住宅街の中に入り、京王相模原線の高架をくぐる。京王よみうりランド駅では乗降なし。というよりもこのバス、停留所案内のテープをろくに流してくれないので、どこがバス停だったのかも良く分からない。どうも女性だけでなく、僕も終点まで乗るものと決めてかかっているらしい。その通りなのだが。

 住宅と商店がこまごまと建ち並ぶ狭い通りをバスは進む。登戸あたりとも良く似た、多摩川べり特有の雑然とした街並みである。はたしてJR南武線の踏切が現れ、矢野口駅前を通過する。当然の如くここも乗降なし。

 11時40分、多摩川を渡る。普段利用する小田急線の鉄橋よりだいぶ上流だから、風景がひときわ閑散として見える。反対車線は渋滞しているが、こちらはすいすいと渡りきる。

 渡りきった先のバス停に、おじいさんが1人立っている。バスは止まり、「調布まで行きますよ」と運転手が声をかける。こうして地元・京王バスのお客さんを1人奪う。「次は…次は…」とテープが早送りされ、止まっていた車内放送がきちんと流れ出す。

 今度は京王線(本線)の踏切が現れ、7000系下り準特急を見送る。反対車線の渋滞はまだ続いている。進行中の拡幅・立体化工事の完成が待たれる。踏切を渡ると道幅が広がり、調布市街へと入っていく。京王バスと何台もすれ違う。JR中央線の駅へ行く系統が多い。紺とゴールドの妙な塗りわけのバスは最近分社された会社のものらしいが、良く分からない。

 「調布を出ますと笹塚2丁目まで停まりません」と放送が流れて、11時48分調布駅に到着。駅前には入らず、「調布北口」という小田急バス狛江駅行の乗り場につける。バス停に新宿行の表示はない。おじいさんがよっこらしょと降り、再び乗客は全区間乗り通しの2人だけになる。

 驚くべき事に、ここからバスは急行運転をする。しかし、すぐには国道20号線に出ず旧甲州街道の商店街を窮屈そうに進む。国領という、京王線で調布の2駅も先の地名が現れたところでようやく国道にぶつかる(というより、そこで旧道はおしまいである)。20号に入るとすぐ中央車線へ移り、一気に飛ばす。といっても車線の流れよりは遅く、他の車にとっては迷惑千万であろう。甲州街道は初めて通ったが、街路樹がうっそうと茂って、案外に快適な道である。開け放たれた窓からの風も、それほど排ガス臭くはない。

 沿道には仙川とか烏山とか、京王エリアの地名が続く。しかしこの辺りの地理には疎く、あとどれくらいで新宿なのか判然としない。

 気がつくと環八との立体交差まで来ていた。もう高井戸(杉並区)で、向こうの車線には赤い関東バスが走っている。ああ、東京までやって来たなぁ、とそこで思う。上北沢で街路樹が尽き、代わりに頭上に首都高速が覆いかぶさる。国道も片側4車線に広がり、いよいよ都会にやって来た事を教えてくれる。明治大学の広大な緑を左に望み、松原で立体交差を駆け上がると高層ビル群が見えた。

 やがて笹塚2丁目バス停に差し掛かる。京王線笹塚駅に近いようで、賑やかな商店街の一角の停留所である。若い男性がバスを待っている。ここからこのバスは「各停」に戻るはずだが、一旦停止もせずにそのまま通過する。男性もこのバスは眼中にないらしく、取り立てた反応もしない。同じ事をその先のバス停でも繰り返す。どうもこの辺りのバス系統は渋谷駅を起点に組み立てられているらしく、たまにしかやって来ない新宿行は徹底してシカトされているようだ。相変わらず車内放送はテキトーで、たまにしか流れない上にずれている

 突然変異のように巨大なオペラシティの前を通過。何かやっているらしく、おばさんが列を作っている。ここは初台、京王新線なら新宿まであと1駅。ゴールが見えてきた。

 が、ここからが長かった。山手通りを越えてから渋滞が始まり、高層ビルのお膝元を過ぎる辺りからバスはほとんど動かなくなった。新宿駅南口の陸橋とルミネがすぐそこに見えているのに、ちょっと動いてはすぐ止まってしまう。アイドリングストップバスだから実に静かで、まったりとしてしまう。ふと後ろを向くと、かの女性は最後部で居眠りもせずじっとしている。

 やっとの思いで陸橋手前を左折すると、西口の巨大なバスターミナルが見えてきた。「まもなく新宿駅西口です」と、いつの間にか元に戻ったテープが告げた。12時35分、西口の一番奥、カリヨン時計の真下辺りにバスは到着した。女性もバスも人と車の波間に消え、あとには都会の熱風だけが残った。

 ちなみによみうりランドから新宿までは、ロープウェイ+京王急行+特急で40分弱、480円。乗換えなし210円とはいえ、1時間以上かかったこのバスが果たして定着するのかどうか。


(つづく)


2001.6.24
on line 2002.9.1
Copyright(C)tko.m 2002

第3回へ   第5回へ    お散歩ジャーナルへ   MENUへ

inserted by FC2 system