今度の旅はレアバスで・第20回



足柄エリア・ミニトリップ

箱根登山バス (系統番号なし) 開成駅→三竹




 2008年12月29日(月)、年末である。

 例年だと29日は仕事をしていたような気がするのだが、大型連休を満喫したいと偉い人が言ったのか言わなかったのか、先週末に納会は終わってしまった。今年は世間一般にそういうものらしい。

 こういう曜日配列だとバス会社も大いに悩むらしく、今日は休日ダイヤの会社もあれば、空気輸送を承知で通常ダイヤを敢行した会社もある。前回に引き続き、今日も平日ダイヤ限定で運転されるレアバスに乗ることにしよう。目指した先は開成駅である。
開成駅前
 開成駅の開設は僕が小学生の頃で、小田急線が通過する自治体で唯一駅が無かった開成町の宿願であったらしい。しかし、駅は町の中心部から遠く離れていて、長らく乗降客数は小田急全駅の最下位争いの常連だった。周辺の田んぼはロマンスカー撮影の定番地で、駅を一番愛用していたのは鉄道マニアだったかもしれない。

 その開成駅の雰囲気が近年変わりつつある。何度か車内から眺めて気になってはいたが、改めて下車して驚いた。噴水を中央に据えた駅前広場に接し、24時間オープンのスーパーや銀行が出来ている。背後にはそこまでするか、と唖然とするばかりの巨大マンション群が聳え立っているし、成田空港行の直行バスも運転されている。ここは一体、どこだろう。

 今日乗る三竹行のバスは平日のみ3往復の運行である。残念ながら2009年1月7日付での廃止が確定していて、本文の執筆時点ではもう走っていない。登山バスの発表によれば廃止理由は「ご利用のお客さまが極端に少ないため」で、身も蓋も無い。広場の片隅にちょこんと停まったミニサイズのバスに「GH・三竹」と表示が出ている。なんだかゴルフ場の送迎バスを連想させる行先である。車内にはもちろん、運転手しかいない。

 9時20分、バスはなかなか鋭い加速で開成駅を後にした。真新しい小アパートが目に付く駅前の街並みを抜けると、田んぼの中を真っ直ぐ進む。さすがは足柄で、左窓では富士山がその存在感を遺憾なく発揮している。やはり富士はこの位近付いて眺めなきゃダメだな、と感心する。富士の左側にはお椀型の山が鎮座している。ごく近場の山なのだが、春先の霞んだ日には、富士と勘違いしてしまう困った山容である。

 やがて左手に富士フイルムの、続いて富士ゼロックスの事業所が現れる。どちらも相当な規模だが、まばゆいばかりに新しい富士フィルムに対し、ゼロックスの建物は古さを滲ませて街並みに溶け込んでいる。このバスの本数からして、通勤はみな車なのだろう。ライバルであるはずの富士急バスに至っては、開成駅方向の片道にしか運行されていない。

 ゼロックスを過ぎ南足柄市に入ると住宅街が始まり、道幅がぐっと狭まる。踏切を渡ると伊豆箱根鉄道大雄山線の和田河原駅で、開成駅から5分しかかかっていない。ここが始発でも差し支えないような気もするが、開成まで走るのは小田急グループとしてのプライドだろうか。バスは無人の駅前広場には乗り入れず、そのまま通過する。

 大雄山線に沿って県道を暫く南下し、信号の無い交差点を右折する。路地のような細い道を抜け、鉄道橋のような無骨な造りの橋を渡る。富士山の本物と偽者の位置関係が、いつの間にか入れ替わっていた。

 堤防上をクランク状に折れ曲がった先で、道は更に狭くなった。マイクロバスでもやっとこさ、というような幅である。保育園前、三叉路と細かい名前のバス停が頻繁に現れ、案内放送が立て続けに流されるが追いつかない。集落の中をくねくねと続く道は見通しが効かず、面白いけどハラハラする。

GHへの坂道(帰路撮影) 2車線道路に突き当たったところでバスは左折、俄然スピードを上げ始めた。茶畑の中のヘアピンカーブで方向を変えると、目の前の丘に向かって真っ直ぐ 登っていく。眺望がぐんぐん開けてくる。

 頂上の十字路を直進すると、GHこと南足柄グリーンヒルに入る。1軒毎の敷地がやたらと大きく、起伏がなかなかに激しい住宅街で、林の隙間から落ち着いた風情の家屋が見え隠れしている。芦屋や六甲辺りの超高級住宅街に通じる雰囲気がある。無論比べるべくも無いが、少なくとも南足柄市内でならば最高級エリアではあろう。

 それにしてもGH内でのこのバスの迷走っぷりは大したもので、角という角を全て曲がり、同じ地点を2度通過する事さえある。町内会の要望を全部聞いたらこうなってしまった、かのようなルート取りである。バス停名も多すぎて由来に困ったのか、「4号公園」「10班」などと極めて適当である。そこまで細やかに走っておきながら車内は無人で、むなしいと言えばむなしい。

 たっぷり10分かかってGHを脱け出すと、元の十字路に戻って今度は左折、すぐもう1度左折すると旧来の集落に入る。ここが三竹で、行くほどに道は細く、坂は急になっていく。この辺が限界です、とバスがつぶやいたのかどうか、小さな転回場が現れて終点。所要27分、運賃は370円であった。目まぐるしく変わる車窓を大いに楽しんだが、結局乗客は他に誰も現れなかった。せめてもとバスカードを買ったが、乗車時にリーダーに通していなかったので、初老の運転手にかえって迷惑をかけた。

 小さな祠と3枚の選挙ポスターに囲まれた転回場を出て、周囲をぐるりと巡る。茶畑とみかん畑が交じり合う、ほっとするような田舎の光景がそこにはあった。来月からは南足柄市が代替バスを運行するらしいが、バス停にはルート図どころか時刻表すら掲げられていなかった。後に調べた所、始発駅は大雄山線塚原駅に変更されていた。市営だから開成町まで行かなくなるのは当然だけれども、一番面白かった細道も急坂もばっさり経路から外されていた。


(つづく)



2009.3.1
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