今度の旅はレアバスで・第15回



我がまま循環バス

伊豆箱根鉄道 (系統番号なし) 小田原駅西口→小田原駅東口




 ZARD武道館ライヴを控えた2004年7月23日(金)、小田原駅西口にやって来た。

 西口はいわゆる「新幹線口」で、駅前には何も無い。ショッピングフロアを併設した高層マンションが目立つ程度だが、そもそもこの建物からして、その名も ずばり「新幹線ビル」なのである。要するに西口はそういう場所で、降りたのは随分久しぶりである。中学の時に、近くの高校の文化祭に遊びに来て以来かもし れない。

 そんな駅前は駅舎新築と足並みを揃えてお色直しされ、真っ白な乗り場に箱根登山鉄道や伊豆箱根鉄道のカラフルなバスが止まっている。なかに「佐伯眼科 行」というのがあり、あまりにピンポイントな行先に興味をそそられる。バスの終点になるほど巨大な眼科があるのだろうか。あるいは、眼科以外に何も無いど 田舎なのだろうか。しかし、今日乗るのはこのバスではない。

伊豆箱根バス 目の前に会社名と「貸切」の表示を掲げた伊豆箱根のバスがやって来 た。よく見ると前面窓に「小田原駅東口行」と書いた紙を差し込んである。平日のみ3本 運行の循環バス(ただし、往路と復路で発着口が違う)で、あまりのレアっぷりに行先表示もきちんと用 意できてないようだ。乗り込むと谷啓を髣髴とさせる初老の運転手が、「井細田経由ですよ」と声を掛ける。誤乗と思われたらしい。

 「すみません。これ、市役所行きますか?」赤ちゃんを抱えた女性がそっとバスに乗りこんできた。西口から市役所へは20分毎にバスがあるが、つい先ほど 出てしまったところである。

 「これ、井細田経由なんですよ。市役所…うーん、16時ごろになっちゃうかなあ。すみませんねえ。」自分のせいでもないのに丁寧に謝る運転手。迷った 末、お母さんはバスに乗り込んだ。15時46分、定刻から1分遅れで発車。お客さんは赤ちゃんを入れて3名である。

 運転手が何度も口にした井細田は、伊豆箱根鉄道大雄山線の電車で北に2つ目の駅である。市役所とは方向違いで、果たしてどんな経路を辿るのかと、お母さ んと2人不安げに路線図を見上げる。バスはロータリーを出るとすぐに右折し、新幹線・小田急線・東海道線・大雄山線をまとめてくぐった。オバサン声のテー プが乗客に言い含めるかのように丁寧に経由地を読み上げ、「次は竹の花」と告げる。いきなり路線図か ら外れていた。

 沿道にはいかにも城下町らしい古びた商店が並んでいる。東口の建物群がすぐ右手に見える。このバス、西口発にする必要あったのかなと首を傾げたくなる ルートである。竹の花交差点を左折、歩道に屋根のかかった一方通行の商店街だが、国道255号線と表記がある。東名大井松田ICに続く道だ。

 右、左とクランク上に曲がると対面通行となり、東口行の富士急バスが向こうからやって来る。JR線の下を再度くぐり、郊外の雰囲気が漂い始めた国道を気 持ちよく走って左折、住宅街をちょっと走ると踏切を渡って井細田駅である。不動産屋が同居した小さな駅舎の前を、乗降のないまま通過。すぐに小田急線の踏 切が現れて、4両編成の下り各停をやり過ごす。右手数百メートル先に足柄駅のホームが見えるが、そちらには寄らない。そもそもこのバスの路線図、自社の大 雄山線は書き込まれているが小田急は影も形もない。

 川沿いの田舎道を淡々と進む。久野川橋バス停で降車ベルが鳴らされ、「ここでいいんですか」と運転手に声を掛けられながら親子が降りていく。客は僕1人 だけとなった、「この人、どこまで乗っていくつもりなんだ?」と運転手は気味悪がっているかもしれない。

 ほどなくバスは左折、つまり小田原駅の方向を向いて市立病院前に差し掛かる。数年前に金丸信が入院して名が知れ渡った病院である。ここで10名以上が乗 車、次の市役所前でさらに4人乗って、ようやく営業路線らしい盛況となった。「けや木通り経由です。荻窪には行きません。ええ、ええ、東口は行きます よ。」レアな経路なのに乗客が多いので、運転手は案内に忙しい。

 前方交差点に東名厚木−横浜渋滞1kmの文字が光っている。西口へはこのまま直進、東口行のバスも通常はこの先しばらく直進らしいが、わが循環バスはこ こで左折する。その名の通りのけやきの大木と、蝉時雨に包まれた道であった。やがてけや木通りは高速道路のような立派な半地下道に変じ、小田急線と大雄山 線を一気にくぐって国道255号線にぶつかる。井細田駅に入る交差点の数百メートル南側である。元来た経路をしばらく戻り、JR線をくぐる。この先往路は 一方通行だから、一本東側の道を走る。今度は西口へは向かわず、中心街を迂回するようにバスは北上する。
緑町バス停の乱立
 大工町通交差点を右折すると、大工町のバス停が現れる。しかし、登山のポールしかなく平然と通過。そして対向車線に、あの神奈中小田原町バス停が見えてくる。これももちろん通過。どうにも我がままなバスである。小田原は神奈中 独占の県央・県西には珍しくバス会社が群雄割拠しており、趣味的には楽しい事この上ないのだが、バス 停の位置くらいは整合性を取ってもらいたい。

 見覚えのある交差点を右折する。このまま突き当りまで進めば小田原駅東口である。時刻は16時10分、整理券番号は4番辺りまで進んだけれど、運賃はな ぜか160円均一であった。小粒ながらも偏屈な経路で、退屈しない路線だった。

 東口まで行くことなく、幾人かの乗客と一緒に1つ手前の緑町で下車した。循環バスに始発から終点まで乗り通すなんて、不審者以外の何ものでもない。

 まあ、西口から緑町なんて歩けば10分もかからないのだから、怪しい事に変わりはなかったのだが。


(つづく)



2004.8.1
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