今度の旅はレアバスで・第14回



あやめの里よ、さようなら

神奈川中央交通 伊81 愛甲石田駅→伊勢原駅南口(あやめの里経由)




 「10月20日付で、以下の系統を廃止します。」

 伊勢原駅バス乗り場の案内板に、オレンジ色のB5用紙がそっけなく貼られていた。とうとう来たか、と思う。

 伊81系統が走り出したのは、僕が中学生の頃だったと記憶している。「あやめの里」という聞きなれない施設名が気にはなったが、今に至るまで訪れたことはない。伊勢原市南東部、大田地区の田んぼの中をのんびり走るローカル路線と見受けられたが、大田へ行く用もなく、いつまで経っても乗らないまま時が流れた。そして先頃、神奈中から地元に廃止が打診されていたのである。

 廃止が確定してから乗ったところでしょうがないのだけれども、それでも僕は乗りに行った。2003年10月19日(日)、運転最終日のことである。


愛甲石田駅にて  愛甲石田駅(厚木市)の駅前広場は、あっけらかんと開放的だった。松蔭大学行のバスが1台、静かに客を待っている。旧・森の里青山行(青学の撤退した今となっては、空しい地名である)のバスだろうか。目指す伊81の乗り場は4番線で、森の里方面行が2系統と大田経由の平塚・伊勢原方面行のバス便が同じポールに同居している。

 広場の一角にはすでに、伊81の愛甲石田駅行の表示を掲げた小型バスが止まっている。これが折り返し伊勢原駅南口行になるのは明白と思われたが、なぜかバスは伊13系統(産能大学→伊勢原駅北口)の表示を出し、その後間違いに気付いたらしく幕を再回転させて乗り場へと入ってきた。運転手はしばらくの間同僚と雑談に興じ、バスは定刻から1分遅れの13時35分に発車した。乗客は僕を入れて5名。カメラを片手にした男性が1人、駅前をうろうろしていたので同好者かと思っていたのだが、結局乗らなかった。

 駅前の国道246号線を厚木方面へ向かい、次の愛甲宮前交差点ですぐに右折、県道604号線に入り小田急線を跨ぐ。ごく普通の住宅街の中をしばらく進む。運賃表示が、バス停1個分ずれている。これもいつの間にか直った。

 高架道路が前方に見えてくると田谷交差点で、左手に東名厚木ICへの入口が見える。マイカー(正確には親カーだが)でよく通る地点だが、愛甲石田方面からやって来たことはごく稀で、そういえばこういう繋がり方をしてたんだっけと思う。

 小田原厚木道路をくぐりすぐに右折、小田厚の側道へと入る。非常に流れの速い道路なのでバスだと後続の邪魔にならないかと心配したが、幸か不幸かすぐ前に教習車がいるので、気兼ねなくのんびりと走る。馴染みの側道にバス路線が設定されているとは知らなかったな、と思ってるとバスはすぐに左折する。気付かないのも道理、側道上にバス停は1つもなかった。

 それよりも、側道から分岐したこの道の狭さはどうだろう。センターラインもないような道を、窮屈そうにバスは曲がっていく。ほどなく集落の中を真っ直ぐ通じる道となったが、幅員は狭いままだ。伊勢原営業所に小型バスが配備されて以降、この系統に大型車が入っているのを見た事が無かったが、なるほど、ここがその原因であったらしい。田んぼばかりだと思っていたこの辺りに、まとまった集落があるのも実に意外だった。地元でも、まだまだ知らない土地はいくらでもあるものだ。

 戸沢橋からの4車線道路と交差すると、ようやく楽に車がすれ違えるだけの幅が出てきた。愛甲石田から10分ちょっとは過ぎただろうか、長沼バス停で僕を除く4人全員が下車し、入れ替わりに7人が乗り込む。大きな団地があるわけでもないのに、随分と人が動くバス停である。

 ほどなく信号の無い交差点を右折し、進路を南から西へ転じる。しばらく走るとあやめの里バス停だが、乗降無く通過。田畑と住宅が入り混じるばかりで、どの辺りにあやめが咲くのかはよく分からない。今は界隈にひと気も無いが、シーズンになれば伊勢原駅からここまで臨時バスが出るほどの賑わいになる。芝桜が咲き誇る渋田川の堤もここから程近く、一帯は近年地味ながらも観光客を集めるようになって来た。

 にもかかわらず「足」が無くなってしまうのは痛恨だが、まさかシーズン中の臨時バスまで撤廃する気とは思えない。このような場合、免許維持路線として1往復だけ形式的に残存しておくのが神奈中の常道であったはずだが、この伊81系統は7往復全便がばっさりと無くなってしまう。規制緩和の波がそうさせたのか、はたまた神奈中もついに路線バスの本格的な再編(削減?)に乗り出したのか。

 バスは勾配を駆け上り、先刻くぐった小田原厚木道路を跨ぐ。高架橋の周囲一面に田んぼが広がっており、眺めは実に良い。なおも行けば畑、そして池端の集落が現れ右へ左へカーブを切る。右側は緩やかな斜面となっている。いつも小田急線から眺めている丘を、反対側から見上げているわけだ。

 にわかに新建築の住宅が増えだすと、バスは伊勢原市街へと通じる急な上り坂にかかる。市役所方面へのバイパス道路に合流し、小田急線をまたいですぐに左折する。このまま直進すれば伊勢原駅北口(表口)まではすぐであるが、なぜか次の信号をまた左折、小田急線を今度はくぐって南口を目指す。北口商店街に行くらしい乗客達はちゃあんと分かっていて、「駅はエスカレーターないからね」とか言いながらガード手前の金山で全員降りてしまう。

 次の信号を右折してヨーカドー前を通れば南口はすぐだが、ここは直進。突き当りまで進んでようやく右折。次の不動産屋の角をもう一度右折すれば駅正面なのにまたもスルー。ロータリーが狭いゆえに、バスは西側の取り付け道路からしか南口に入れないのである。おかげで東北側からやってくるわが伊81や伊06(東海大学病院発)は、これでもかと言うほどの遠回りを強いられている。
迂回中
 このあとは突き当たったシェルの角を右折、セブンイレブンの角をまたも右折、外科医の脇の一方通行路をぬけてようやく駅にたどり着くのがこのバスのルートである。が、「迂回するのでお待ち下さいねー」と肉声で案内があり、バスはシェル前を左折する。昨日今日と道灌祭りのために、伊勢原市街には交通規制が敷かれているのである。

 バスは平塚方面への街道に入ったが、すぐに右折し住宅街の中に突っ込む。普段のバス通りの、一本西側の裏道である(写真は別系統のバス)。一方通行の狭い道で、驚くほど誘導員や警備員の数が多い。周囲の路地は車庫代わりと言わんばかりにバスが塞いでいる。

 笑笑の角を右折すればセブンイレブンの交差点だが、もちろん駅前には入れないからここを右折、普段の経路を逆走する格好になる。この通りに沿って伊勢原駅北口・南口の臨時バス停が設置されており、14時ちょうど着。所要は25分、運賃300円はもちろん普段と同額である。が、「普段」もなにも、明日からはこの伊81が走る日常そのものが存在しないのであった。


(つづく)



2003.11.30
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