今度の旅はレアバスで・第13回



東京の果ての果てへ

湘南神奈交バス 神03 渋沢駅北口→みくるべ




三廻部にて  神奈川県秦野市の西端に近い場所に、三廻部(みくるべ)という土地がある。高校の同級生O君はここの住人であったが、そこは信じがたいほどのど田舎なんだ、というのがもっぱらの評判であった。こんなものは目くそ鼻くそで、お隣伊勢原市の住宅街に住んでいる僕だって、千葉在住の上司に「寒いなあ、伊勢原は山ン中だから大雪だな。帰れるのか?」などと言われてしまうのだが、とにかく三廻部は田舎であるらしいのだ。

 あまり田舎田舎と馬鹿にしても(注・その気はないです)申し訳ない。百聞は一見にしかず。ここは一つ、三廻部へのバスに乗ってみようと思う。どうせ始発の渋沢駅までは、わが伊勢原から15分もかからない(だから目くそ鼻くそ)。


 2003年5月18日(日)、小田急線渋沢駅の北口に立つ。昭和の頃の渋沢は駅舎も小さく、砂利のホームに大倉方面への登山客が降り立つ山の駅であったが、いまでは橋上駅舎と広いバスターミナルを備え、都市近郊の風情を漂わせている。小田急線ではこの駅までがぎりぎり新宿圏(所要1時間15分)で、峠を越えた次駅新松田からは小田原方面へ人が流れ出す(と思う)。

 バスターミナルには御馴染みの黄色いバスが「みくるべ」とひらがなの表記を出して客を待っている。ただし神奈川中央交通(神奈中)ではなく、子会社の湘南神奈交バスの車であった。こんな内陸部で「湘南」は奇異だが、これはこの会社が神奈中の分社化第1号のためと思われる。藤沢神奈交バスが先に発足していれば、おとなしく「秦野神奈交バス」とでも名乗っていたに違いない。

 もっとも、みくるべ行は元来神奈中の路線ではなかった。神奈中王国の秦野にあって、この路線と松田方面行だけは箱根登山鉄道の運行だったのである。黄色いバスに埋め尽くされた秦野駅前(昔は秦野始発だった)で、バスカードの使えない(当時)白い小型車が心細げに客待ちをしている姿は、それだけで十分旅情を感じさせるものであった。

 11時40分、バスは定刻通り渋沢駅を発車した。1日3往復(毎日)のうちの昼間の便である。小型バスの運転席横には、スナック菓子や傘が並べてある。「不採算路線収入補助のため、何卒趣旨をご理解いただきご協力を〜」と正直な宣伝放送が流れる。しかし、発車後いきなり「あなた達を乗せているだけじゃ儲からんのよ」と言われるのも複雑な心境である。乗客は僕を入れて5名。

 古い建物の並ぶ商店街を抜けると、西中学校の脇に出る。ちょうど運動会が行われており、グランドが色鮮やかに染まっている。ここで左折し国道246号線へ。上り車線は渋滞しているが、こちらはすいすい進む。渋沢駅を出てから5分しか経っていないのに、早くも1人下車。バス停は箱根登山仕様のままであった。この辺りから、バス路線は手持ちの区分地図をはみ出す。

 11時47分、菖蒲交差点を右折し246号を外れると、途端に道が悪くなった。若葉が両側から覆いかぶさるような狭い道で、ガタガタとバスは揺れる。菖蒲公民館前でおばさんと、おじさん(「秦野いちご」の箱に入った苗木を抱えていた)計2名が下車する。

 バスはカーブを繰り返しながら標高を稼いで行く。エンジン音はいやが上にも高まる。林が途切れると、谷を挟んで向こう側には住宅街が広がっている。まるでこの谷が「東京」の境界を示すかのように、こちら側は一面の新緑だ。

 11時52分、みくるべ入口で1人下車。車内はついに僕1人になった。住宅と水田と畑が入り混じる中を、緩やかなカーブを描きつつバスはゆっくり走る。センターラインのある、しっかりとした道だ。玄関先にオブジェを飾りつけた家がある。田舎暮らしの芸術家だろうか。

 やがて家並みは疎らになり、一面の田園風景となる。最後のひと踏ん張りとばかりバスは坂を登り、砂利敷きの転回場に駆け込んだ。11時55分、みくるべ着。所要15分運賃290円。意外に駅から近かった。
三廻部にて
 バスを降り周囲を見渡す。田植えに備え水を張り始めた田んぼが、段々に連なっている。背後は新緑の山々。蛙と烏の鳴き声がこだまする。ニッポンの正しい田舎の姿を見た思いだ。

 「写真を撮りに来たの?折り返しは(12時を逃すと)7時までないよ」と運転手が言う。山向こうの寄(やどろぎ・足柄上郡松田町)まで歩こうかとも思っていたが、この方によれば1時間半ないし2時間はかかるという。「車では時々通るけどねえ。」それはそうだろう、車がなければ何も出来なさそうな土地である。折り返しのバスは無人で発車した。

 とりあえず渋沢駅方向へと歩き始めると、見覚えのあるおばさんに会釈される。菖蒲公民館で降りたおばさんである。恐らくはハイキングなのであろう。しっかりとした足取りで、寄方向へと歩みを進める姿を見送った。


(つづく)


2003.6.1
Copyright(C)tko.m 2003
第12回へ   第14回へ   お散歩ジャーナルへ   MENUへ

inserted by FC2 system