龍飛を歩く


 青森県龍飛の青函トンネル記念館には、少しく変わったケーブルカーがある。山登りをするのではなく、海の底―つまり青函トンネル―へ潜るのだ。こんな珍妙な乗り物は他に無く、朝六時の新幹線で乗りに来た甲斐はおおいにあった。

 満ち足りた思いで記念館を出ると、向かいの斜面に立てられた大看板が目に入る。

 「青函トンネル本州方基地龍飛」―「函」の字は半分はがれ落ちていた。

 龍飛の集落は、海岸沿いと段丘上の二ヶ所にはっきり分かれている。「下」の町は漁村で、最果ての風情を漂わせながらも人々の営みがそこにはある。小さな社があり、民宿があり、郵便局もある。

 しかし急峻な崖をよじ登った「上」の町にあるのは、発電施設・記念館・そして灯台。かつてはトンネルの工事基地として栄え、保育園まであったそうだが、いまや住民の姿はない。

 その「上」の町を、灯台に向かって歩く。雨が降ったり止んだりしているが、風が右へ左へと吹くので傘をさすのは諦める。よほどの強風が襲ったのだろう、林立する風力発電の風車のなかには、プロペラが一本折れたものもある。あたりに高い木は無く、緩やかな起伏に沿って草原が広がるばかりである。

 灯台入口の駐車場からは、「上」の町が良く見渡せた。そこここの丘の斜面が、階段状に切り刻まれている。これが建設作業員住宅の跡地なのだろう。段々畑が打ち捨てられたようにも見える山肌は、草に覆われ自然に回帰しつつある。

 ぐるりと見回してから、ぎょっとした。駐車場のすぐ脇、草むらの中に木柱が林立している。紛れも無く墓地である。しかし、目の前の墓地へ通じる道はない。観光客を意識した小洒落た柵が、途切れることなく駐車場を囲っている。踏み跡さえも見当たらない。ここも、もはや打ち捨てられてしまったのだろうか。

 だけど、風車さえ折れる厳しい気象である。木柱が倒れていないと言う事は、誰か墓守は居るのだろう。駐車場の中から、そっと手を合わせた。

 灯台への道は、やがて階段となる。一段毎に眺望が開け、そして風が強くなる。岬の先端にたどり着けば、もはや立っているのもやっとの暴風であった。

 べったりと黒い空の下、うねる海の向こうに北海道が見える。羽田から一時間で飛べる北海道だけど、こうして風に吹かれて眺めれば、やはり随分と遠かった。

   人去りて久し里けふ秋時雨
   暗き海越す野分かな龍飛崎

 「下」の町への階段は、なぜか国道に指定されている。ゆっくり下るうちに、今日何度目かの御馴染みのイントロが聞こえてきた。駐車場に記念碑があって、ボタンを押すと曲が流れる仕組みになっている。

 「ごらんあれが竜飛岬北のはずれと―」

 ここ龍飛では、石川さゆりは二番から歌い始めるのであった。



(終)

2005.11.05
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